日常生活のなかで実践できる!心身統一法

心身統一法の目的は、「人間が生まれながらに与えられている

潜在勢力の完全発揮」です。

この潜在勢力の力を発揮すると

病と煩悶と貧乏の人生の三大不幸が解消されます。

また、人生上で起こる問題すべてを

心の力で解決できます。

そして、この潜在勢力を人生に応用し行使すれば

健康運命も自由に獲得することができます。

これから進めていく、心身統一法の各論は

特別な時間と場所を要せず、日常生活のなかで

実践できるものばかりです。

キーワードは「継続」です。

実践と継続ができれば、明るい未来が

拓けていきます。

イッキュウ
イッキュウ

みなさん!イッキュウと一緒に学んでいきましょう!!

心身統一法概論

上司の理不尽な言葉に腹を立てて、

新しい仕事や物事に取り組もうとしながら

失敗を怖れて躊躇し、失恋や挫折を繰り返して

悲しんでいる毎日を送っていませんか?

「怒らず、怖れず、悲しまず!!」

人間生活の雑念に悩まされることのない強い心と、

ストレスに負けない健康な体を作り上げることができ、

人生を価値高く活きられるようになるのが、

「心身統一法」です。

○何事にも煩わされることのない強い心を作り上げる、心の鍛錬法

○自分の感情に振り回されることがなくなる、感情の統御法

○人間の想像力を取り越し苦労から、積極的な未来志向に振り向けて人生を切り拓く方法

○人間のいのちに大きなダメージを与えるようなストレスから、自分を守る心と身体の使い方、等々   

中村天風が組み立てた

  • 観念要素の更改法
  • 積極観念の養成法
  • 神経反射の調節法
  • 精神使用法
  • 精神安定法

そして感情の明朗化を図る心の使い方など、

各項目を勉強実践することにより、

自らのいのちの力、活きる力が充実していくことが

実感されます。

イッキュウ
イッキュウ

私、イッキュウも活きる力が日々充実していくのを実感しています。

潜在勢力(六つの力)

健康と繁栄と幸福を創り出す原動力となるものは、

自己の生命力です。

ほとんどの人は、どんな人にもいのちの奥深くに、

潜在勢力という微妙にして優秀な特殊な力が

内在されていることの事実に気づいていません。

イッキュウ
イッキュウ

この力に気づけば未来は拓けて行きます。

人間のいのちのなかに、健康も運命も自由に獲得して、

また開拓することのできる偉大な力が

本来的に与えられているということに気づかずに過ごしてきています。

そのために自分は値打ちがない、つまらない人間だと、

低い自己評価をしてしまっているのです。

潜在勢力というものは、造物主が人間一人ひとりに、

人生の一切をこの力(潜在勢力)を持って解決し、

人間としての大使命を遂行せよとして、

そのいのちの核に誰にも与えられたものです。

いわば宇宙からの使者。

このことに気づき、この力(潜在勢力)を発揮することができれば、

これまでの人生とは打って変わった人生が送れます。

誰でも健康に生き、誰でも一角の仕事を成就させ、

誰でも幸福になれるのです。

つまり、生まれがいのある人生、生きがいのある人生となって

花開いていきます。

私たちのいのちが生きていく主体となるのは、

心や身体ではなくて、生まれながらに

与えられているいのちの生きる力(潜在勢力)です。

イッキュウ
イッキュウ

これまでの生き方を少し変えれば幸福の道に進むことができる!

病も知らない、貧乏も知らない、煩悶も知らない、

それらのものを克服して、幸福な人間になるのには、

なるために必要な資格をつくらないとだめなんです。

どういう資格条件が必要かといいますと、

六つの力の内容量を豊富にしなければ、断然だめなんです。

その六つの力とは、

  • 第一が体力
  • 第二が胆力
  • 第三が判断力
  • 第四が断行力
  • 第五が精力
  • 第六が能力

です。これらの力を完全に目的どおりに

内容量を豊富にする方法が、心身統一法です。

1.体力

人間が現象界で具体的に生きていくには、

肉体を必要とします。知能が優れた人でも、

病気がちで、会社を休んでばかりいては、もったいないです。

人生何をするにしても、体力は基礎となります。

仕事を成就し、達成させるにしても、故障がなく、

目的に向かって、テキパキと事を運ぶのは、身体です。

たくましい体力は仕事の資本です。

この体力をうまく使いこなせば、健康も繁栄も

幸福も獲得することは、困難なことではありません。

2.胆力

胆力とは、度胸のことです。

度胸とか胆力というものは、事があっても

それに動ずることのない精神の安定をいいます。

精神が平静を保っているから、うろたえることはありません。

思考もよどみなく進行して、決断も正確になります。

胆力のある人は確信をもって仕事に当たりますから、

事業を成功に導きます。

情緒不安定で、オロオロ、ハラハラしている人は、

神経過敏となって、健康は確保されません。

常にびくびく、怖れおののいている人は、

幸福にはなれません。

この胆力を充実させ、使っていけば、健康も繁栄も

幸福も、容易にわがものになって、安定感のある悠々たる

人生が建設されます。

3.判断力

人間の脳には、脳細胞が百四十億個もあります。

この脳を使って人間は、比較し、検討し、推理し、

推測し、判断します。

判断を間違って投資をすれば失敗します。

判断に迷ったままで結婚すれば不幸になります。

的確な判断をした人を、世の中では運がいい人といいます。

この脳細胞を使って正確な判断ができれば、

健康も繁栄も幸福も手に入れやすくなるのは当然です。

4.断行力

判断はするが、断行しない人がいます。

あれこれ思慮綿密に判断しても、行動に踏み切らない人がいます。

熟慮してよしと判断すれば、断行しなければ事は進みません。

また逆に、何も考えないで、いきなり行動する人もいます。

これは完全なる失敗者です。

判断力と断行力は、車の両輪のごとく、両ながら大切なものです。

世の中でうまく行かない人は、どちらか一方が欠けている人か、

両方が欠落している人です。

健康法も実行しなければ効果が上がりません。

事業も断行力がなければ、機を失い仕事は進行しません。

実行力のないグズグズした遅滞のなかでは、幸福は掴み得ません。

行動してその結果を反省し検討し、次の行動をより効果的に

していかなければなりません。

5.精力

具体的に言えば、人間の心身の活動力を精力といいます。

したがって精力は、肉体的精力と精神的精力に分けられます。

肉体的精力は、食欲と性欲に表現されます。

食欲は、個体維持の本能であり、

性欲は、種族維持の本能です。

精神的精力は、内的と外的の二つの方向性をもって発揮されます。

内に向かって発揮されると、自己統御の力となります。

イッキュウ
イッキュウ

自己統御とは、自分で自分の心をコントロールできること!

自分で自分を律することができる!です。

精神的精力が外向きに発揮されると、不撓不屈の迫力となります。

やるといったらやると、困難を貫いてゆく精神力となり、

アクセルのように働きます。

止めるのも意思の力、やりぬくのも意思の力です。

不屈の精神は成功の原動力です。

繁栄を獲得するには、精力は不可欠の要素です。

6.能力

能力とは、物事を成し遂げ得る力と働きをいいます。

人間の能力は、肉体的能力と精神的能力に分類されます。

人間の肉体は、構造的に優れていて、自己の身体を

見事に使いこなします。

人間の精神的能力は、断然素晴らしいです。脳力といってもいいです。

人間の旺盛な研究心や探究心は、未知なる世界に挑戦し、

新しい事実を明らかにしてくれました。

さらに人間は、創意し、工夫し、努力という創造活動を続けながら、

未来に向かって限りなく進歩し、向上していくにちがいないでしょう。

私たちに、生まれながらにして与えられている潜在勢力といわれるいのちの力を、便宜上、六つに分類して、それぞれの力が、健康、繁栄、幸福を獲得する上に、重要な働きをする力であることを検討してきました。そして、健康の建設、繁栄の達成、幸福の確立は、ただ念願するだけでは達成できません。生命の六つの力の充実と発揮が先決であります。

六つの力の検討

ここまで話を進めてきますと、自分の能力のなさに

絶望感と失望感を感じる人がいると思います。

イッキュウ
イッキュウ

人間の本来は、強いものです。人間は、潜在勢力という、強いいのちの力を与えられて、生まれてきています。誰でも、素晴らしい六つの力を持っているのです。この力を充実させて、発揮して使うなら、健康になり、繁栄し、幸福になることは、たやすいことなのです。

話はそうだけれど、理屈はその通りだけれど、

現実の自分は、弱くて、意気地なしで、本来の人間とは程遠い。

真人生の建設など望み得べくもないと絶望感にかられ、

さらに失望を濃くする人もいるかもしれません。

「体力には自信がない。季節の変わり目には体調を崩す。

胆力など考えてみたこともない。自分は生来臆病者で、いつもビクビクしている。

いつも判断がつかず、グズグズ迷ってばかりいる。

判断力が欠如していて、いつもチャンスに逃げられている。

何もしないのに、朝から疲れている。仕事をしても根気が続かない」

やらないうちから駄目だと決めてかかる。

よい種を蒔くことをしない。

何もやれない自分に腹が立つ。親を恨み、祖先を呪う。

自己の破壊者は自分であることに気づかない。劣等感のなかに埋没し、

腐っている人が多い。

イッキュウ
イッキュウ

私も以前は、人生に絶望していた消極人間でした

本来的に人間は、素晴らしい生命力を保持しています。

でも現実的には、人の生命力は強いとは思われないです。

弱々しい人が多く目につきます。

人々の生命力の現状から見れば健康も繁栄も幸福も、

夢、幻の如く、はかなく消えています。

人間はここで、どうにもならない狭間に追い込まれます。

再びここで、「憐れなる我を救い給え」と天を仰ぐか?

イッキュウ
イッキュウ

生命力は、潜在勢力として、誰にでも豊かに与えられています。然るに人々が現実に弱いのは、その生命力の発現の仕方を知らないからです。潜在勢力を、顕在勢力に発現させることができればいいのです。

イッキュウ
イッキュウ

親から遺産相続を受け、今金庫に数億の金が保管されています。

でも子供は、金庫の開け方も知らず一生貧乏で終わるようなものです。

生命力を現実に充実し発揮するには、どうしたらよいのか?

これは人類にとっての大きな課題です。

これができたら、人類の悩みは簡単に解消することでしょう。

イッキュウ
イッキュウ

心身統一法は、一つのシステムで、肉体面での効果と精神面の効果が、両ながら獲得することができる画期的なツールです。

心身統一の原則

生命の状態が、進化向上し、積極的で調和的であることに気づくと、

自分ので営まれる生活態度を、その生命の状態と一致させると、

だんだんと人生が好転していきます。

生命が生命の本来の状態にふさわしく生かされ、

また扱われた時、生命の本来の保有する力と知恵は

充分に発揮されるのです。

例えをもって説明すれば、テレビのチャンネルの合わせ方が

正しければ、テレビの持つ性能は充分に発揮され、

映像は鮮明に、音響は雑音もなく、

すっきりと表現されるのと同じです。

それでは、生命が生命らしい状態とは

どういう状態でしょうか。

心身一如

「心身一如」とは、心と体とは、一つのものであるということです。

でも多くの人は、心は心であり、体は体であり、

心と体は一つのものであるとはとても思えていません。

心と体を並べて相対的に見ると、

心は心であり、体は体であり、

心と体は異なるものであると分別的に捉えられます。

いのちの立場で見ると、心もいのちの表れであり、

体もいのちの表れです。

ここに「心身一如」の見方が成立します。

人間のいのちの本来は「心身一如」であるから、

命が心身一如で扱われ、生かされると、

命は快適に働き、命の保有する力と知恵は充分に発揮されるのです。

ラジオの例えのとおり、ラジオがラジオらしく扱われると、

ラジオの持つ性能は充分に発揮され、

その上無理がかからないから、ラジオは故障もなく長持ちするのです。

人間は、心身一如で命らしく生きることが、

正しい生き方ということになります。

心身統一

心身一如が命の正しい姿であるから、心身一如で生きよと

言われるが、我々の現実の日常生活では、

どう生きてよいか皆目わかりません。

イッキュウ
イッキュウ

心身を一如にして生きる方法を、心身統一法といいます。

「生命がこの現象界に具体的に生きていくには、

肉体と神経系統と精神とを必要とします。

この三つの器官が、それぞれの機能を充分に発揮しつつ、

お互いが協力して、生命全体がうまく調和している状態を、

心身統一の状態といいます」

さらに、精神は精神のはたらきを充分に発揮し、

神経系は神経系のはたらきを充分に発揮し、

肉体は肉体のはたらきを充分に発揮して、

精神は神経系を介してよりよい影響を肉体に与え、

肉体は神経系を通じてよりよい影響を精神に与えながら、

精神と神経系と肉体が互いに協力して、

生命全体が調和し順調にはたらいている状態を、

心身統一の状態といいます。

では実際に心身統一の状態を実現するには、どうすればよいのか?

眼に見える体と、眼に見えない心とを相対させていては、

心身の統一はできるものではありません。

体と心の対立を越えたいのちという次元に立って、

初めて心身の統一は可能になるのです。

本来一つのものである生命が、心としてはたらき、

また体としてはたらいているのですから、

命の立場に立てば、心身の統一は可能になるはずです。

心身統一法の原則を解説していきます。

生存の原則

人々は金が欲しい、物が欲しい、地位や名誉も欲しい。

そして立派な邸宅に住み、

豊かな楽しい暮らしをしたいと願います。

これらは命あってのことです。

その人の命が失われたら、すべてがなくなります。

私たちは、何かを欲求し念願する前に、

自分の生命の存在を確保しなければいけません。

この生存の確保が、何より先決となります。

・自然法則に順応

日が昇ると目覚め、日中は働き、日が沈むと眠ります。

月を眺めていると、月が欠けたりするのに、

一定の周期があるのに気づきます。

自然現象は、無秩序ではありません。

私たち人間の命も、自然法則に従って創り出されました。

現在生きている私たちの生命も、でたらめではありません。

生命の誕生も、生命の活動も、いずれも自然法則に

支えられているのです。

我々人間の生命存在は、自然法則を無視しては、

確保は不可能となるのです。

イッキュウ
イッキュウ

人間の作った法律でも、違反すれば処罰されます。

自然法則はまことに厳しく、改正することもできませんし、

曲げることもできません。

自然法則には、私心やえこひいきはありません。

違反をすれば処罰(病や運命難)を受けますが、

活用すればこれほど頼りになるものはありません。

私たちは、わが生命を支配している

法則をないがしろにしては、

到底生存を続けることはできないのです。

・身体は生存条件に調和

生物は自分自身の内部環境を一定に確保して、

懸命に生きています。

外部環境が変化しても、自己の生存に都合のよい

内部環境を一定の状態にして生存を確保しようとする

働きが、生体のなかにあります。

恒常性維持機構といいます。

少しくらいの環境の変化があっても、この機構のおかげで

生命の内部環境は一定に調節され、

我々の健康は維持されているのです。

冬には0度になる外気も、夏には35度にもなります。

でも私たちの体温は、外の気温には左右されず、

大体三十六度五分程度に維持されています。

生き方を誤り、しかも長期にわたると、

この機構が崩れてきます。すると生命力は衰退し、病み、

やがては生命存在を失うことになります。

この身体の生存条件に、違反し続けると、

体は不調和となり、衰え、病み、

生を失うことになります。

生命存在の大原則は、自然法則に順応であり、

身体においては、生存条件に調和という原則になります。

イッキュウ
イッキュウ

絶対に違えてはならない原則です。

・心は本然に即応

自然法則に順応という生存の大原則に基づいて、

心をどのような状態で確保すればよいのか。

「肉体についている心」と「精神についている心」

心、心と言いながら、分類すると二つに分けられます。

絶えず何事かを思っている考えている、

心に思い浮かべるときでも、

その思い浮かべる事柄を厳密に分析すると、

二色のどっちかから生まれた心であります。

二色とはどういう心か。

一方は、肉体についている心。

一方は、精神についている心。

このどちらかの心が、心の働きを行い、

実在意識領へ出てきて、いろんなことを思ったり、

考えさせたりしています。

肉体のほうについている心を肉性心と言います。

これが三つになります。

第一が物質心。

第二が植物心。

第三が動物心。

精神のほうが、心性心。これが二つあります。

第一が理性心。

第二が霊性心。

物質心というもの

ただし、この肉体についている肉性心の物質心と植物心だけは

実在意識領に直接的に飛び出して働きません。

この物質心というものは、一番先の、

あらゆる物質を形成する根本中心になっている心です。

だからどんなものにでもあるわけです。

石のなかにも、根本中心がその物質の存在を確保しています。

植物心というもの

植物心というのは、一切の植物以上の生物に共通している心です。

生きていると思われるもののなかに、

植物心はみんなあるわけです。

そして、動物心(本能心)とは?

この物質心と植物心は、さっきも言いましたとおり、

実在意識領に出て働かないで、心のなかである、

潜在意識の奥深くに潜んで働いている心です。

肉体にくっついて働いている心のなかで、

心の表面に表れて、盛んに活動する心は、

第三の動物心です。

これが俗に言う本能心というものです。

これはもう一切のすべての動物が、

その動物の肉体の生命の生存と生活を保つために、

必要とする一切の作用を司っている心なんです。

目、耳、鼻、舌、体というものの持っている

それぞれの異なる感覚をも支配しています。

だから、動物心があるから、いい匂いがするなとか、

ああ痛いなとか、痒いなとか、きれいだなとか、

うまいなとかというふうに感じるんです。

動物心である本能心が支配している三つの欲望は、

食欲・睡眠欲・性欲の三つです。

理性心というもの

精神生命についている心です。

この理性心の心は人間だけにしかない特別な心です。

この理性心という心の作用の特長は、

人事世事一切の人間生活に関係する事柄に対して、

推理と考察を行うという働きを持っています。

「これ、どういうわけだろう。こういう理屈かな」

「いや、こうじゃないかな」というふうに。

いいとか悪いとかを判断する心です。

厳密に言えば、善悪、邪正、曲直、是非というような

判断を行う働きを持っています。

霊性心が、人間を人間たらしめている

それから精神生命のなかに存在する心、最後の霊性心。

この心は人間の心のなかで最も高級なものです。

この心あればこそ、我々人間が万物の霊長と言われるのです。

詳しく言いますと、別に学問をしなくても、

経験をしなくても、学問をした人よりも、

経験のある人よりも、尊い思い方や考え方のできる、

いわゆる霊感だとか、霊智の作用だとか、

霊能力というような、特殊な心理現象、

すべてこの霊性心から発動しています。

イッキュウ
イッキュウ

この霊性心という尊い心は、

特別な生まれつきの人か、あるいはまた

生まれつきはそうでもなくても、

正しい方法で、秩序を乱さない精神訓練を施すと、

容易に随所随所に、心の表面に出てくるようになる心です。

イッキュウ
イッキュウ

普通一般の人は、この心は

自分たちにはないもんだと

思い込んでいます。

この心は人間だれでもできるという

信念がないとだめなんですけど、平素人生に生きるとき、

知らないために多くの人が使っている心というのは、

その大部分が動物心ばかりなんです。

従ってこの霊性心という尊いものをほとんど使うことなしに、

再び繰り返すことのできない、貴重な人生を終えてしまう

人がほとんどです。

霊性心が発現する人としない人の違い

天は自ら助くる者を助く。

これがもう、千古いつわらざる真理でありますから。

どこまでも自分は自分が守っていく。

人に頼っちゃいけない。

いわんやまして神、仏に。

イッキュウ
イッキュウ

その、自分で生きられる方法が

心身統一法です。

要するに、この力が発現しない人というのは、

霊性心の発現に必要な精神訓練や、

あるいは自己統御法(セルフコントロール)、

それを知りません。

一般の世間の人というものは、

精神生命の活かし方とか、あるいは精神生命の統御法という、

人生を有意義に活かす大切な方法というものを知りません。

ただその日、その日の出来心で生きている

人ばかりが多いんであります。

そうして、そういう人の心の中には、

雑念、妄念、常にもうもうとして、心の花園は、

雑念妄念という雑草で生い茂っています。

それを整理することを知りません。

しかし、この雑念妄念を整理して、心の鏡を研ぎ上げる

天風式坐禅法という貴重な方法がありますが、

世間の人はそんなこと知りません。

イッキュウ
イッキュウ

天風式坐禅法は追々お話していきますね!

心身統一法の最重要部分ですから!

イッキュウ
イッキュウ

天風式坐禅法という、即座に

無念無想になれる方法など、

普通の人間は知りませんからね。

とにかく煎じ詰めると、精神生命に関係する貴重な

方法を知らない人というものは、

心というものの本当の大きさ、同時に心というものの

本当の霊妙な働きというものを、極めて小さく狭く、

憐れなものに考えています。

心身統一法は、これはもう地球上の人間という人間が

思いもつかなかった方法や手段とういうものを、

教わってすぐそれを応用できる結構な方法で

会得することができます。

そしてその結果、心というものは人間の生命はもちろん、

人生の一切を現在よりもはるかに、はるかに価値高くする、

偉大にして霊妙な作用を持つものであるということが

自覚できるようになります。

そして、それのみならず、常にその作用を人生に

正しく応用すれば、その人の人生はその生涯を通じて、

極めて有意義に生き甲斐のあるものになります。

生活の原則

生存(生命存在)の大原則は自然法則に順応であり、

これに基づいて、心は本然に即応、

体は生存条件に調和の原則が導き出され、

これに従って生命を確保して

生きればよいことを理解しました。

ここで、次の問題が生じてきます。

存在を確保した生命を、どう使うかということです。

性能のよい自動車を購入し確保したが、

この車で銀行強盗をしてはならない。

生命とて同じことです。

正しく、強く確保した生命をどう活用するかが、

重要な問題となってきます。

生命活用を、生活といいます。

どのような心得で、自分の生命を活用すればよいのか。

生命の使い方にも原則があります。

効率の促進

物を使うには、そのものの持つ可能性を充分に発揮して、

効率よく使わないといけません。

時計には、その時計の持つ性能があります。

テレビには、そのテレビの備えている性能があります。

その性能を効率よく使うことが、使い方の原則です。

もしその使い方を誤ると、そのものの持つ性能を

充分に発揮し得ないのみか、故障させてしまいます。

それはもったいない話です。

もったいなくても道具や機械ならまた購入することができますが、

人間の生命は買い替えるわけにはいきません。

繰り返しのきかない尊い人生を生きている我々ですから、

自己の生命の持つ可能性を充分に発揮し、

効率よく使っていかなければならないのです。

そうすれば生命力は充実し、生活内容も豊かになり、

人生の計画も成就し、人間的にも進歩し向上することができます。

物も人も、その性能が効率的に発揮し得たとき、

価値ある存在になるのです。

効率の促進が、生命の活用の大原則ということになります。

この生活の大原則に基づき、心の使い方、体の使い方の

原則が導き出されるのです。

まず心の使い方の原則から述べましょう。

心は精神統一

人々は日常大いに心を使いながら生活をしていますが、

ただ惰性的に心を使っているだけで、正しい心の使い方など考えてもみないです。

ぼんやりしていて失敗したり、うっかりしていて物を忘れたりする、

注意の散漫な人が相当います。

このような心の使い方を、分散系の心の使い方といいます。

また一つのことにこだわり、そればかりにとらわれ考えていて、

どうにも心の動きのとれない人もいます。

これを固着系の心の使い方といいます。

このような心の使い方は、心の効率の悪い使い方です。

悪いとも知らずにやっているから、心はまとまらず、

仕事ははかどらず、その人の生活はもたつきラチのあかない人生となります。

最高に素晴らしい心の使い方は、「精神統一」です。

精神が統一されたとき、精神の能力もその人の技も最高に発揮されるのです。

武道の達人や、芸術の名人といわれる人は、精神統一の境によく達する人です。

心の使い方の大原則は、精神統一です。

体は、訓練的に積極化

人は誰でも、自己の健康を確保して生きるだけの生命力を与えられています。

だが、筋肉にしても、皮膚にしても、いい加減に放置していては、

その能力は充分に発揮されないで終わります。

特に筋肉は、使わないでいると萎縮してしまいます。

骨折をして、ギブスを長く装着して動かさないでいると、

そこの筋肉は衰えて細くなります。

これを不使用性萎縮といいます。

私たちの筋肉も、日頃から訓練しないと、体力の低下を招くことになります。

世間では、年が若いのに体力の衰えている人がいます。

また年の割に老けている人もいます。

私たちは、年齢を加えても、元気で潑剌として活動したいのです。

そのためにも私たちは、身体の能力発揮のために、

常に身体の訓練を心がけなければならないのです。

生体は、適度の刺激を継続して与えると、その部分が強くなります。

エベレストの登山隊も、南極で越冬する人も、

顔だけはむき出しにしています。

子供の頃から顔は寒さのなかにさらされ、

訓練されているから強いのです。

農業をする人の手のひらは、ザラザラしていて硬いです。

生活習慣のなかで、また職業的訓練のなかで

刺激を与えられたその部分が、強化されたのです。

継続する刺激が与えられることにより、その部分が強化され、

刺激に対して充分耐えるようになることを、

生体の適応作用といいます。

この生体の持つ適応作用を利用して、

私たちは身体の強化をはかることができるのです。

適当な刺激を、ほどよく与えることから始めて、

次第に刺激の程度と頻度を高めていくことを、

訓練的といいます。

そうすると生体は徐々に抵抗力を増して強くなるのです。

強くなることを、積極化といいます。

刺激は、系統的に徐々に、段階的に与えることが肝要です。

そうすると身体の抵抗力は増進し、体力は強化されてきます。

老年期の人でも、ゆるやかな訓練から始めていけば、

生命の生きる勢いを復活させることができます。

丁度、回転力の弱まったコマに、適当な刺激を加えると、

コマの勢いが再びよくなるのと同じです。

身体の柔軟性がでてきて動作のキレがよくなり、

老人くささがなくなります。

身体の活用の原則は、「訓練的に積極化」であります。

イッキュウ
イッキュウ

生活の大原則は、「効率の促進」であり、

これに基づいて、心は精神統一、

身体は訓練的に積極化の原則が導き出され、

これに従って生命の活用をしていけばよいのです。

生存の原則と生活の原則のまとめ

「自然法則に順応」という、生存の原則に従った心を生かす原則は、

「本然即応」ということでした。人間の本然の心(本心)は、

清く、尊く、強く、正しい心です。

この心を確保して生きるには、日頃、

明るく朗らかに、活き活きと、勇ましい心

生きていかなければなりません。

イッキュウ
イッキュウ

心身統一法の実践を継続していくと、

不思議とこういう心になっていくんです!

清く尊く、強く正しい心や、明るく朗らかに、

活き活きと勇ましい心を、積極心といいます。

「本然即応」ということは、結局、

積極心で活きよ」ということになります。

身体の原則は、「条件調和」です。身体の調和が乱れると、

体は病み、生命の存在は危うくなります。

全く不調和になれば、生命の存在は失われます。

「条件調和」の原則では、「調和」の語が重みをもって使われています。

結局、自然法則に順応という生存の大原則に従って、

心は積極的に、身体は生存条件に調和して

生かせということになります。

「効率の促進」という生活の大原則に従って、

心の原則は「精神統一」で心を使えというのです。

精神統一とは、無心の時の心の働きをいいます。

無心の時に、心の働きも身体の技も、

最高の能力を発揮するのです。

その時には、心と物とに対立はなく調和しているのです。

精神統一は、結局、「調和」いうことになります。

身体の使い方の原則は、「訓練的に積極化」です。

ここでは「積極」の語が、明確に表面に打ち出されています。

結局、生命の使い方の原則は、心は調和的に、

身体は積極化して使えということになります。

総じて心身統一の原則は、

心は積極的に確保し、調和的に使うこと。

身体は条件に調和して確保し、積極化して使う

ということになります。

心も身体も、命の特質である「積極」と「調和」で生命を確保し、

生命を使用せよというものです。

命が命らしく、積極と調和で生かされ

使われることになりますから、

命には無理がかからず、快適に生かされることになります。

すると、命の持つ力と叡智は順調に発揮され、

人間の創造活動は充分に営まれることになります。

そこから健康や仕事の繁栄や幸福が築かれます。

心身統一法は、、命の道であり、人の歩むべき道です。

心身統一根本原則

生存原則

自然法則順応

・心  本然即応

・体  条件調和

生活原則

効率促進

・心  精神統一

・体  訓練的積極化

心身統一の根本原則は、上記のように簡潔で明快です。

ですが各原則は、生命の真実から割り出されている

ものですから深い意味があり、人を納得させる

真実性があります。

まとめ

●心身統一法の最終目的は、誰にも与えられている
 潜在勢力の完全発揮。

●心の力の完全発揮で、健康も運命も
 思いどおりにすることができる。

●日常生活で起こる様々なストレスに
 悩まされることのない強い心と、
 健康な体を作り上げることができる。

●潜在勢力(体力・胆力・判断力・断行力・精力・能力)の
 内容量を豊富にすることができる。

●自分の心と体を自然法則に順応させると、
 人生が好転していき、未来が拓けてくる。

●身体は生存条件に調和させる。
 心は盛んに活動する動物心(本能心)をコントロールして、
 人間の心のなかで最も崇高な霊性心を発現させること。

●霊性心は、正しい方法で精神訓練を施すと、
 容易に心の表面に出てくるようになる。
 (天風式坐禅法)

●生存の原則は、自然法則に順応させる。
 地球は自転し、太陽は東からのぼり、西へしずむ。
 一年を通して、春夏秋冬の四季の周期がある。
 人間の命も自然法則に従って創り出された。
 生命の誕生も、生命の活動も、
 いずれも自然法則に支えられている。
 自然法則に順応しなければ、命の確保は不可能となる。

●生活原則は、「効率の促進」であり、心は精神を統一させる。
 何事をするときでも、思うときでも、考えるときでも、
 気を打ち込んで、はっきりした気持ちで、諸事万事に応接すること。
 体の方は、訓練的に適度に刺激を与えて積極化する。 

心身統一法のこれからのステップ

STEP1 観念要素の更改法

    一、自己暗示法

    (一)連想暗示法

    (二)命令暗示法

    (三)断定暗示法

    二、他面暗示法

STEP2 積極観念の養成法

    一、暗示の分析

    二、内省検討

    三、苦労厳禁

    四、言行の積極化

    五、対人態度の積極化

    六、正義の実行

STEP3 神経反射の調節法

STEP4 精神使用法

STEP5 精神安定法

イッキュウ
イッキュウ

何か聞きなれない、難しそうな言葉が並んでいますが、

どれも日常生活のなかで実践できるものばかりです。

私イッキュウも毎日毎日実践していますので、

みなさんにもできます!

「幸せな人生を送ることが最大のテーマです」

イッキュウと一緒に学んで行きましょう!!

キーワードは「実践と継続」です。

イッキュウ
イッキュウ

今日も一日、明るく朗らかに、活き活きと愉快に、

元気いっぱいで行きましょう!

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